1/21 after six[13] 更新!!
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 一度、上下に大きく揺れてから、エレベータは静止した。一人で乗るのに、こんなに不安になるエレベータって、かつてない。地震の直後にうっかりエレベータに乗っちゃった! みたいな感覚。子供の頃、エレベータが突然停止しちゃったときのあの感覚。

 ほらよ、さっさと本探してこいよ。
 と言ってるみたいに、ドアが開くときだけは早かった。人を乗せるのが嫌いなのかもしれない。

 元気のない蛍光灯がずっと上で光っている。螺旋階段は一階から、一番下の階まで繋がっている。私はメモを片手にアルミのドアを開けた。
 
 なにもない、おと。
 針穴に糸を通す時みたいな、無心の音が広がっていた。

 見渡す限りでは誰もいなかった。もう一人、は既に別の階に行ったのかもしれない。
 人がいない。いつもの呼吸音も、携帯の電波音も、足音もなにもしない。絨毯が、吸収する。森林みたいだなって思った。木が紙になっただけ。
 本棚とは言いがたい、アルミでできた棚がいくつも並んでいる。手書きの棚番号がマグネットで貼られていて、ひとつ落ちていた。廃れているわけじゃない。でもまるで、役目を果たしたような空間だった。ここには人がいる必要がないんだ。きっと。この空間を私が歩くと、空気を切り取っているような気がした。

 奥へ進んでいくとだんだん黴臭くなってくるように思える。適当に本を手にとって見ると、薄っぺらくて、小学生の頃に書いた文集みたいな装丁だった。出版会社もバーコードもないから、個人的に作成したものかな。埃は付いていなかったから、定期的に清掃が入っているのかもしれない。蛍光灯はわりと元気そう。私は『現代人の住宅選びの傾向』を棚に戻した。って言っても、平積みにされていたところに置いただけね。ほんとズサン。

 でも、なんか、一人できてみると居心地いいかも。

 鼻歌を歌いそうになりながら(本当に誰かいたら困るし)、棚番号を探した。この人間だらけの大学で、こんなに広い範囲が無人になっているなんて。なんか秘密の隠れ家みたいでおもしろいじゃないの。こういうところで、惑星のスライドを眺めたいなぁ。本当は外にでて行きたいけど。テストがあければキャンプがある。それが楽しみ。

 53-2

 人差し指で棚とメモを確認する。一枠が53-2の棚。
 めっちゃ。ごっちゃりしてる。剥げかけたハードカバーに、色のあせた書物は当たり前。棚と本の隙間に押し込まれた本も数冊。近くのパイプ椅子も座るためではなく、乗せるための物体になっていて、本が積まれている。パイプ椅子の棚番号は?

 (えぇと、『天皇と私』、『田中正造という人』、『足尾銅山~時代が今に伝える公害問題』)
 顔を近づけて本を探す。棚の奥のほうに見つけた一冊と番号をチェックして引き出してみる。以外に分厚くてちょっとげんなり。
 左手で抱えてページをめくってみる。これも商業用ではないらしく、バーコードがなかった。
 これといって使えそうな情報がなかったので(と、自分に言い訳)、棚に戻そうと思ったら、この棚の向こう側に足が見えた。ひざを組んでいる。スニーカは男物。ジーンズを履いている。顔は見えない。
 
 あぁ、もう一人、本当に居たんだ。鼻歌歌わなくてよかった。ちょっとびっくりしたから、鼓動が一瞬強まった。ゆっくり静かに、重たい本を戻した。
 次の本の棚番号を探していたら、ちょうど、もう一人が居るところだとわかった。
 急に空気が重くなったような気がしたけど、ぐるりと棚を回ってみると。

 そこに居たのは高木ユーイチだった。

 
 あとからやって来た私に今まで全く気が付かなかったのか、ゆっくり顔を上げた彼は今朝となにも変わらない顔で(あたりまえだけど)私を見据えた。見据えられたと思うのはたぶん錯覚。

「よく会うね」

 こっちのセリフだ。
 昨日、初対面だったわりに、良く会うなホント。
 高木ユーイチは、パイプ椅子に座って本を開いていた。見たところ、普通の格好だし普通っぽいんだけれども、どことなくずれている。縁側に腰を降ろすおじいちゃんの横に盆栽というのはよくある風景だけど、そこにさらに時期外れのクリスマスツリーがあるような。そんな感じ。それが普通である、と言い張って全く違和感がないような、そんな感じ。

 ヘイカ図書に高木ユーイチ。頭のネジが外れたような、もしくは部品が多すぎるような彼にこそあっての場所だなと、思わず納得してしまった。
 ロッカーの中と同じくらい、すっぽりはまっている。
 逆に彼の場合、顔もそこそこ良くて、背もそこそこあるのに、雑誌の読者モデルなどで登場するほうが、ミスマッチなんじゃないかな。
 
 適材適所。
 ロッカーの中とか、無機質なこの場所が似合うこの男は、笑っているわけでもない、歓迎しているわけでもない、拒否してるわけでもない、そんな顔を私に向ける。

 
 
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【2009/01/21 22:27】 | 小説『after six』
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こんにちはー
倉田やえこ
ひさびさにお邪魔しましたー◎
今回もおもしろいです。文章が、やっぱりおもしろいです。
続き楽しみにしてますーまた読みにきます☆

こんにちは!!
TOKINO
 倉田さん!あけましてお久しぶりです!
 いつもいつも、こんな更新おそすぎるサイトの小説を読んでいただいてありがとうございます。
 とてもうれしいです。



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 講義を終えて、わざと遅れて席を立つ。他の学生達はそそくさと席を立って廊下へと消えていく。すると意外なことに、目の前にやってきたのだ! 指導教員である片山航平が! 私は驚いて立ち上がったけれど、顔だけは平静を装った。恥ずかしいじゃない。
「レポート、進んでる?」
「えぇと、まだ1ページくらい」

 今度のゼミで、発表の順番が私に回ってきた。片山先生が選んできた題材を、学生達に順番に振り分けて発表してもらうのだ。それについて質問が飛んできたりもする。とてつもなく緊張する時間なのである。2週前のゼミで、先生はあらかじめ私にも題材を渡しておいてくれた。だからちょっとは進んでいるんだけど、正直自信がないのであります。テストを経て夏休み明け一発目の発表がわたくし、浪川絵美なのであります。

 そんな自信のなさを顔で読み取ったのか、片山先生が笑った。まるで私、学生がこんな顔をするのを知っているかのように。

「浪川さんは、足尾銅山だったっけ?」
「田中正造」
「もしね、書物に困ってるんだったら閉架図書で探してみるといいよ」
「ヘイカですか」

 そういえば、3年になってゼミが決まってすぐに、片山ゼミと、相方(片山先生の相方みたいなもんで、2大若手助教授とか呼ばれてんの)である園山ゼミが合同で集まったのを思い出した。あのときは、大学の広すぎる図書室の効率的な利用方法を学んだのだ。
 大学生になってから図書室の使い方を学ぶのって……と思ったけど、これが意外にもかなり役にたった。書物の検索の仕方から、探し方。そして少々マニアックな本が収納されている閉架図書室への向かい方。あぁ、全部卒業論文を書き上げるための練習なんだな、とその時思ったのだ。
 自分で探して、自分で必要な箇所を見つけて把握して。そういうことを教えたいのかな。

「あそこの本はね、結構役にたつんだ。ちょっと本の管理が杜撰だけれどね。行ってみたらいいよ」
「はい。じゃぁ、探してみますね」

 満面の笑みをしてみせる私、絵美。せんせ~い、アドバイス素敵。閉架図書に行けってことね。そこに関連書物があるのね。なんかあのやたら揺れるエレベータに乗って地下に下がって本を探しに行くのって、宝探しみたーい! 先生ありがとう。

 じゃね、と行った片山先生は、一度歩いていったけど、キリンのように首をピンとたてて、こちらに戻ってきた。なになに?

「そうそう、浪川さん」
「はい?」
 えー? なになになに? ちょっとドキドキ。だってもう、教室に誰もいない。二人きり? どきどき。
目の前の片山先生は、何食わぬ顔で話を再開した。再開っていうのはちょっとおかしいけど。

「高木ユーイチくんを知っているの? いや、知り合いなの?」
「へ?」

 自分から思いがけないほど素っ頓狂な声をだしてしまったので、それまで外見で澄ましていた壁がペロリと剥げかけた。化粧水をしみこませるみたいに、左頬に手を当てた。

「高木ユーイチくん、ですか?」
 高木ユーイチくん? くん付けをしていることに多少違和感を覚えたけど、ついこの間知り合ったばかりなので当たり前か。でも、高木ユーイチとは、あの高木ユーイチのことでいいのだろうか。

「そう。園山ゼミなんだ。彼は」
 いまだ一致してるかわからないその彼の姿を思い描く。
「高木くん、園山ゼミにあまり顔だしてないみたいでね。合同で図書館ツアーしたときも彼、来てなかったからさ。仲がいいのだったら、ゼミに顔出すように言ってもらっていいかな?」

「なんで? 私が」
 本当になんで私が?
「携帯とか、電話したらいいと思いますよ。園山先生が」

 すると、片山先生は、ごもっとも、というふうに息をついた。そして困った顔で言った。
「どうやら彼は、携帯電話を持っていないらしい」
「え?」

「自宅にかけてもほとんど留守。大学に来ていても、なぜか発見できない。発見できても、そう。例えば園山が5階の窓から中庭のベンチに座っている高木くんを見かけるが、そこにいっても既にいない。ということばかり春から続いている。友達と並んで歩いているところも、僕は見た事が無い。悪い学生じゃないんだけど……」
「変わってますね。確かに」

 呟くようにそう言うと、片山先生は渇いた笑いをした。
「ひょっとしたら、アインシュタインみたいな天才なのかもしれないね」
「ええ。そう思います」
 うん。なかなかエレガントな受け答え。上出来だぞ絵美。でも自宅って?
「まぁ、ここは大学だからね。ほうっておいてもいいんだろうけど。ちょっと気になるからね。もし、偶然。高木くんに会ったら、というより見つけられたら、ゼミにちょっとは顔をだしてよって、伝えてもらっていいかな」

「はい。もし見つかったら、ですけど」
 でも先生? 気付いてないんですか。
「でも先生?」
 思わず口にだす。そのまま続ける。

「テストの時に、教員の方にお願いしていればよかったのではないでしょうか」


* * * * * * * * * * * * * * 


 教室をでてから、私はさっそく図書室に向かった。今日受講するものはもう終わったし、まだサークルへ向かうにはちょっと早い。腕時計に目をやってから一度携帯を開く。チトセに返信してから、図書室のゲートを抜けて検索用PCにログオンする。学生番号とパスを打ち込んで、デスクトップのアイコンをクリック。実際に使ってみるのは初めてだったから少し不安だったけれど、自分とPCの相性は悪くないのでスムーズに利用できた。

(えぇと。キーワードは、田中正造、足尾銅山……検索範囲は、当大学内のみにチェック。これでいこう)

 心の中で自答して、出てきた書物のタイトルをチェックした。ここはあえて、所在が開架でなく『閉架』になっている書物を狙っていこう。せっかくだから閉架図書室に入っちゃおう。
 書物の番号をレシートに印字して、ログアウト。カウンタにそれを持って行った。

「へぇ~。閉架にいくのぉ。めずらしいねぇ」
 図書室のメガネをかけたスタッフは、じろじろと、レシートと私を見比べた。閉架へ行くのはそんなにめずらしいことなわけ?
 ぶつぶつと何かいいつつも、引き出しを開けて、バッジを取り出した。それには『閉架 許可証』と書かれてあった。見えるとこにつけてね。あとここに学生番号書いてね。スタッフはつまらなそうに、私に指示をだした。いんやー、めずらしいねぇ。

 バッジを右胸につけて、スタッフがいるカウンタの向こう側に進んだ。なんかやっぱ緊張する。はじめてお使いにいったときの気持ちに似てるなぁ。
 閉架図書室に行くには、カウンタ奥にあるオレンジのエレベータを使わなければいけない。さっき印字したレシートに階が書いてあったからそこに降りればいいかな。なるべく緊張を表に出さないように通路を進んでエレベータのボタンを押した。M3階から、ここ2階のに上がってきた。エレベータを待ってたら、スタッフが声をかけてきた。

「もしねぇ~、なんかわかんなくなったらねぇ~、今ねぇー、お嬢さんが行く階にもう一人行ってるから、聞いてみるのもいいよぉー」

 もう一人? いるんだ。

 小さく返事して、エレベータに乗った。相変わらず、乗り心地最低。
 


【2009/01/17 22:44】 | 小説『after six』
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食事の後、チトセと別れてから午後の授業に向かった。この授業を受ける度に思い出す事があって、私はその設問の答えがいまだに定まらない。私のゼミの指導教員でもある片山先生は若いくせに(といっても確か30歳前半)不思議な授業をする。

 たとえば、最初の授業のことだった。日本史の授業だったのだけれど、教科書はなかった。そのことに私たちは驚いた(今となっては教科書やレジュメがなくても驚かないけれど)。だって歴史の勉強っていったら、分厚い教科書を想像するでしょう。広くは無い教室で20人ほどの学生を前にして、一度メガネをかけなおした片山航平は名前と年齢だけの簡単すぎる自己紹介のあと、講義を開始した。出席も取らなかったし、欠席の人はいますか? なんてふざけた質問もしなかった。彼は板書をしなかったし、レジュメさえほとんど配らなかった。日本史の講義なのに年号や、高校までに習った固有名詞の類はめったに出てこなかった。

 さらに驚いたのはまだ4月だというのに、期末試験の設問について話をしたのだ。私は、何を言っているのか理解できなくてノートを取るのに一歩遅れたけど、そこで先生ったら、コッチ見て合図くれたあと、もう一度喋ってくれたの。なんか嬉しかった。で、その設問っていうのがこれ。

   『日本語と国語の違いについて述べよ』
 
 たったこれだけ。この1問だけ。これが、今時期から始まる試験の設問。文字数の指定もなし。学生達が戸惑うのも承知で、飛んでくる質問にも、あらかじめ用意しておいたような答えを返す片山先生を見て大学とは不思議なところだなぁ、と実感した。
 だから何か、他の先生の授業ってちょっと物足りない。どうしてみんな、教科書見ながら高校と同じレベルの授業しか展開できないのだろうと思う。
 片山先生の先生ってのがきっとスゴイ人だったんじゃないかと思う。
 ようするにおもしろい。

 テストだなんて思わなくていい。
 みんなが思っていることを、書いてくれるだけで結構だ。
 では、おもしろい回答を期待しているよ。じゃぁ終わり。
 ……というのが最初の講義だった。15分ほどで終了してしまった。


 教室に入っていつもの席に。前から3列目の右端ドア近くにいつも座る。前回の抗議で拾い集めたキーワードを記したルーズリーフに目を通した。先生は少しずつ、試験に向けてキーワードを発している。それをみんなきっと理解しているのだろうと思う。歴史を自分で読み解かせる授業。うーんいいね。片山先生大好き。
 時計の長針が、静かに8を指す。開始。廊下にあったノイズが次第にフェードアウトしていくように思えてから数分。のんびりとした足音が聞こえてきたら合図。あ。

「やぁおはよう、あ、もう昼か、ん? これかい? コンタクトにしてみたんだ」
 朗らかに登場しては、教壇ではなく、最前列の机に腰掛けてこちらを見ている。そのままビリヤードでも始められそうな雰囲気だ。手ぶらでやって来て板書もなしなら、突っ立っている意味がないと本人が認識したのだと思うケド、つくづくリバティな教員だなぁ、と思うよ。ちなみに私、メガネのほうが良かったな。でもコンタクトの調子が悪いときにメガネも見れるな。ふふふ。
「前はどこまで話したかな? ああ。日本がひとつになる時の話しだね。明治維新の話もしたね。テストはええと、補講があるからだいたい二週後からだね。と、いうことは今日は最後の講義かな。じゃあまず先週のおさらいから」
 そう言ってシャツの襟元を緩めてから両手を膝の上に置いた。私は椅子に背中を預けてリラックスしていた。ちょっとドキドキしてもいた。誰も話をしていない。窓から入ってくる風でカーテンがなびくだけだった。

「前にも話したけれど、みんなは小中高で、本を使って勉強したね。勉強というより暗記だね。太字になっているところにさらにマーカーで印を付けて、ここがテストに出るよ、って言われる。そんなものが歴史の勉強だなんて僕は信じなかった。そんなんだったら先生はどうして教科書を読んでいるのって……あぁ、話がずれたね。歴史の本質だよ。初回の授業でも言ったけれど、自分の歴史を読むのが歴史の勉強なんだ。例えば、教科書を作っている人物が感じる歴史と、それを読む人が感じる歴史は違うはずだ。だから僕はあの問題をだした。この国に二つの“語”がある謎だよ。そう、謎なんだ。英語は英語。じゃあ、僕らが使っているこの言葉は果たして国語なのか日本語なのか。それとも両方なのか。どう解釈するかな? 歴史にはね、答えなんかないんだよ。教科書の太字や年号を暗記させられたおかげで、それが答えであると誰もが勘違いをしているだけなんだ。もし答えがあるとしたら、それはその時代を生きていた人たちしか分からないことだよ。あ、うまいこと言ったね。僕たちはそれをただ眺めているだけに過ぎない」
 ここで一息つく。“私の歴史”とメモをしておく。


「そう。例えばこの教室にいる全員がそれぞれ別の国の出身の20人と仮定して、ひとつの、共通の作業を全く差異なく行い遂行するために必要なものは、なんだと思う?」



【2008/08/16 22:03】 | 小説『after six』
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倉田やえこ
読みにくるのがちょっと遅れてしまいました(> <)ごめんなさい。
また素敵な人が出てきましたね(^-^)
丁寧に丁寧に、物語が広がっていく感じが、
いいなぁって思います◎


倉田さんへ
TOKINO
お返事おくれてしまって、スミマセン!
あの先生は、私がお世話になった方をモデルにしています。
そして更新が停滞してしまってごめんなさい。
がんばります!


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 『テストおわったー?次空きになっちゃったから、ご飯たべちゃわない?』

 『エミー玉山鉄二(笑)と一緒にいなかった? ビックリ学食にいるから来てー!チューケンの人たちもいるよ! 私、入っちゃおうかな

 立て続けに二件のメールが来ていた。高木と二人で移動中にどこかからか見ていたのかもしれない。早歩きで学食に向かった。昼休み前だからか、空いていた。カウンタのおばちゃんにも余裕がみられる。いつもの角に見慣れた顔があった。席まで進む。チトセが私に気付いて、大きな目をさらに見開き、ぶんぶん手を振る。早く! 早くっ! というふうに。

 おはようという暇もなく、チトセのスイッチがONになる。
「エミー! テストどうだった? 簡単だったら私も来年履修しよっかなー。さっきまでね、チューケンのミサコとニッシーが居たんだよ。ってエミ、玉山鉄二と居なかった?」
 そこまでを一息でいい終わり関心する私にツッコミを入れるチトセ。彼女にかかればどんな鬱だって吹き飛ぶ。
「チューケン? 変な略しないでよ」
笑いながら言って、メニューボードを見る。
「宇宙研究部、なんだからチューケンよ。あ、私今日ラーメンって気分」
「チトセはいっつもラーメンでしょ」
「今日は塩」
「イカが食べにくいよぉ、塩は」
「じゃいつもの」
「味噌ね」
「そう。エミは?」財布を出す。キラキラしている。
「うーん。今日は、高菜チャーハン」
 
 食券販売機に進み、ボタンを押している時に、改めて口を開いた。
「玉山鉄二ね、高木って、名前だった」
「名前!? そうそうエミ! アレ、高木? なんで一緒にいたのぉ!?」
目を丸くしながら問いかけるチトセを、まぁまぁ、って具合にけん制した。正直、なんて話せばいいのか分からなかった。
「高木? 高木?」
 まるで呪文を唱えるように復唱するチサキ。食券に手を伸ばす。タカナチャーハン、の印字。ぺらっぺらの紙切れ。チトセもボタンを押す。ラーメン・ミソ。そのままカウンタへ進む。歩きながらチトセがぼやく。
「なんかフツーの名前ね」
「どんな名前だと思った?」
「伊集院とか、有栖川とか」
「TVの見すぎだよ」
「だって、そんな顔してるじゃない、なんか、高貴な? 上品さがでてる気がするの」
(上品なヤツは裸足で外歩かないと思うけどね)

 自分だけしか目撃していない事は公言しないようにして、私は口をつぐんだ。カウンタではパートのおばさんが麺を茹でている。大きな鍋、というより釜からは物凄い湯気が立ち込めている。夏場は大変なんだろうなぁと思った。厨房の柱部分に、クリップで取り付けられる形の扇風機があったが、あまり効果はなさそうだった。私たちはそれぞれのメニューを受け取って席まで戻った。途中で箸を持ってくるのを忘れたがチトセが持ってきてくれた。御礼を言って、「いただきます」の前に「どうやって知り合ったの?」が飛んできた。

 私は嘘は付きたくなかったから、倫理学の授業関係で知り合った、とだけ言った。さっきはたまたま一緒に教室から出てきただけで、あとのことはよく分からない、とも言った。
 実際、彼の素性は知らないし、つっこんで問い詰めるのも気が引ける。どうも高木は、自分の周りに見えない膜のようなものを張って生きているようにしか見えない。「内緒にしてほしい」なんて男のクセに女みたいなこという奴だなぁ高木くんは、などと思ったけれど、自分が高木だったらそう言うな、と思って納得した。聞いている間、チトセは目をらんらんとさせていた。

 話が終わると、食事中だからかもしれないけれどチトセは黙った。けれどチトセの黙りは明らかにその黙りではないことはすぐに分かった。視点が定まってなくて、ずっとトレイの端っこ見てるのね。あー、こりゃもう、ハマッたのね。
 私があからさまにニヤニヤしながらチトセを見ると、彼女はそれに気付いて顔をパッとあげた。なに? という顔を取り繕ってはいるが、チトセってば嘘が下手ね。
「さては惚れたな?」
 私がそう言うと、チトセはくにゃりとして、箸を置いた。そういえばチトセは蓮華を持ってこなかったな。
「かっこいいナって。思ってたとこなの」
 
 どっちか言えば、かっこいい、部類に入るのだろう。彼の顔を思い浮かべて、私はお茶を飲んだ。
「アドレス、聞いてみればいいじゃない」
「できないよぉ!」
「おやおや、チトセったら」
 わざとらしく言うとチトセは頬を膨らませた。恋をするとアクティブになるタイプとそうでないタイプがあるなと思っていたけどチトセは明らかに後者だなって思った。いつもはハイな子だけど、こういうときはいじらしく咲いた花みたいになる。それでもチトセの場合はこの状況を楽しんでいるのだからやっぱり尊敬しちゃうよね。私もどっちかというと後者だけど、あんまりアクション起こせないからなぁ。
「ねぇ、エミはどうやってアドレスゲットしたの??」
「え?」
「片山先生のアドレスとかさ」
「えぇ? だってゼミの先生だしさ、全員の連絡先をみんな知ってるよ」
「あーあーぁーズルイなぁ」
 何かきっかけがないかな、とつぶやくチトセを見ながら、ドキドキしてきた鼓動を沈めた。私の高木との出会いの本当のトコロを離したら彼女は羨ましがるだろうか、嫌いになるだろうか……。なんなら変わってほしかったよ、とは言わずに、私はチャーハンを頬張った。しょっぱいのは涙の味、とか意味のわからない一文が脳裏をよぎった。


【2008/07/20 19:50】 | 小説『after six』
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 面白がるように、ニヤっとしながら高木が言った。
 突然ガサっと音がしたので驚いて振り返ると、さっきのおじさんが草花を抱えて通過したところだった。鼻息を漏らして再度テーブルと向き直ると、高木が頬を片方膨らましていた。驚いていたらしい。そのことに驚いた。

「宝箱? なにそれ」
「冗談。大事なものだけど、無きゃ無いで、管理会社に連絡するよ。鍵をなくして怒られちゃうかもしれないけど」
「そうだね。まったく、服なんか脱いで遊んでるからそーなるのよ」
「え?」

 少し遠くを見ていた高木の目が音を立てたように収束した。フォーカスを合わせる様に。少なからず驚愕が含まれたものだった。
「え? だって服脱いで遊んでたから……じゃないの? その」
自分の下まぶたに人差し指を当てて言う。
「痣とか」
「え……」

 目の色がだんだん変わっていく。そのうち目に虹でもかかりそうだ。

「だって、服脱いで窓からポイするくらいの、やりすぎな、その、なんていうの? プレイ? いや、違うチガウ」

 やば! 何を言ってるんだ私は。顔がだんだん熱くなってきた。今が冬だったら冷風が熱を持って行ってくれるのに。

 高木は唖然としているが、口元に力が入っている。私は呼吸を、ひそかに整える。やばい。どっちが変態かわからない。

「そーいうことじゃないの? 人に言えないこともあるじゃない、そういうのって」

 おいー! 人に言えないような内容をほじくりかえしてどうするのよ自分ー! あー、高木くん、俯いちゃってる。
 呆れられちゃったカナ。額に手を当てている。

 「しかも男に脱がされてって、そりゃーねー、ね?」
 ね? じゃないよ! しゃべるな自分! 
 止まれ言葉の水道管。もう完全に変な女だと思われてるよ。

「うん。だまってるよ。鍵、見つかるといいね」

 うわぁ。どうしよう。私、一人で喋って一人で解決してる。見ると高木は額に手を当てたまま肩を震わせている。泣いたのか? と一瞬思う。
 私が恐る恐る、彼の顔を覗き込もうとすると、高木はもう片方の手で、テーブルを叩き始めた。

 もうやめてくれよ? それとも。いい加減にしろよ? どんな言葉が飛んでくるのかわからなくて目を細めていたが、聞えてきたのは笑い声だった。

 堪えきれない、という風に両目をきっちり結んで閉じ、口を開き(そんなに開いたんだ)お腹を抱えテーブルを叩くその姿は全くの予想外で、今度は私が唖然とした。さらに、見てはいけないものを見てしまったような錯覚までしてしまった。しばらくそんな笑いが続き、納まったと思ったら肩を震わせて「くくく」っと笑っている。しばらくは、走り終えた短距離ランナーのような呼吸をしていたけど、整えながら私を見た高木は涙目だった。中指で目を触り、「あー」と言った。込み上げる笑いを飲み込んで彼が喋る。

「浪川さん、僕は男とは、サッカーとか野球とかプレステとかでしかプレイしない」
 顔から火が出そうになった。消火器があったら自分に吹きかけたいけれど、本当に手元に有ったら、高木に投げつけてやりたいと思った。

「あなたが深刻そうに話すから勘違いしたんでしょお!! なによもう!」
口からツバが飛んだ。硫酸だったら良かったのに。高木にかかればよかったのに。

「ごめん。でも、そうだよね。勘違い、しかねない状況だ…よね」
 笑いを必死に隠して、こぼしている高木。
 純粋 花の香りの21歳 こいつのせいで 赤っ恥

 完全に不機嫌になった私は、足を組んで頬杖をつき、目をそらした。彼は悟ったのか、手で自分の胸をバシバシ叩き、細く息を吐いた。

「ゴメン。でも内緒にしてほしいのはホントだから」
 そう言って立ち上がる。話はもう終わったということか。まだ怒っている私を見て、彼は唇を噛んだ。見上げると目があって、バカバカしくなったので私は笑った。渇いた砂みたいに、小さく笑った。

「目撃者として、聞いてもいーカナ」
「昨日のこと?」
 私は頷く。

「その痣はどうしたの? プレイじゃなきゃ、なぁに?」
 冗談と皮肉を交えて、イタズラ小僧気分で問いかけた。しばらく彼はテーブルの木目を見た。何かが書かれているのかもしれない、と思った。顔を上げる。

「自転車に轢かれて、全身強打だ。じゃ、また」
 そう言って、私が口を開くより先に立ち去っていった。もうちょっとマシな嘘をつきなさいよ。

 また。だと?
 また、携帯が鳴った。
 
 チトセだ。




【2008/06/16 23:54】 | 小説『after six』
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