1/21 after six[13] 更新!!
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 倫理学の授業は、どの学部の学生も履修することができる。

 試験は、二百人以上の学生が講義を受けているものだと、大抵は試験期間内に実施される。でも、教師の都合などで(迷惑)期間内に実施できない場合は、授業の最終日に試験を行うのだ。この授業は、単位が取り易いことで有名だが、どうも授業内容の評判が良くないようだ。下を向いてポソポソ喋っているから、退屈なんだよね。大学側は、もっと自己流な授業ができる人間を雇ったほうがいいと思う(と、教授が言っていた)。

 その授業では私はいつも、前のほうに座っていたんだ。じゃないと、文字が見えないし、声も聞えないから。マイク、使っているんだけどね。
 そういえば忘れていたけど、気になる事があったのだ。彼の、Tシャツからはみ出た腕を見て思い出した。

「痛くないの? そういえばさ、身体は痛くないわけ? 痣なかった?」

 そう言って私は彼の顔を覗き込んだ。彼が伸ばした中指で左目の下をなぞるので、本当にアイシャドウを塗っているのかと思ったが、色はそのままだった。
「あぁ、押したら、痛いな」
「そりゃそうでしょ」
 
 足のほうも痛そうだなって思って足元に視線を落とすと……。
「ねぇ、靴、穿いてないよ」
 今度は彼が立ち止まった。それは、驚いていたのだ。まず彼は目玉だけを地面に向けた。それから顎を引いた。

「靴は……、茂みには無かったよ」
 服を拾いに行ったとき、辺りには靴下すらなかった。もっとも初めから穿いてなかったのかもしれないが。
「ドコ行ったんだろう。」
 顎に手をやり、考えるポーズを取る彼がだ、絶対に困っている様子ではない。
「っていうかさ、気付かなかったの? コンクリートを素足で歩いていて気付かなかったわけ?」
 頷く。そのあと、「気付かなかった」と呟いた。やっぱ変態だわ、この人。
「アタシもプリントのお礼になんかしたいトコだけど、さすがに靴は貸せないわ」

 み、身軽でいいと思うよ。

 そう言って彼は歩き始めた。スラスラと歩き始めた。夏って道路に虫の死骸とか多いけど大丈夫? とかガラスの破片踏まないように、とかは言わないでおいた。この人は、踏まないだろう。

 ホテルだった。

 ラブホテルでもないし、ビジネスホテルでもない。れっきとしたリゾートホテルだ。駅ビルの近く。彼はそう言った。そう聞くと、普通は駅から徒歩何分っていうのを想像するじゃない。マンションだったりね。彼の場合、駅ビルの近く=隣接、みたいね。
 つまり彼が住んでいるのは駅ビルに隣接したホテル、なのだった。
 駅周辺は賑わっていた。
 だからたくさんの人が彼の足もとを見るたびに目を丸くした。何かの罰ゲームだと思われているのかもしれない。この辺りは歩道が光沢のあるタイル貼りに舗装されている。ペタペタと歩く音がしそうだった。少し恥ずかしかった。

 この付近はほぼ毎日通っているけど、まさかこのホテルに住んでいるなんてねぇ。思わないじゃない普通は。ホテルに住んでいるなんて。どこのハリウッドスター? 雑誌で見て、いいなって思った事もあったよ。このホテル。
 彼はもう自分が素足だということも忘れているのか、それとも気にしていないのか、重厚なドアを開け(ボーイが開けた)一度後ろを向いてから、ロビーを進んだ。

 ふっくらとした、染み一つ無いカーペットが敷かれていて、この上を歩くぶんには、裸足のほうが踏み心地がいいのではないかと思った。彼はロビーのソファで待っていてくれと私に言って、エレベータに向かった。目で後姿を追うと、巨大なシャンデリアが視界に入った。ため息が出そうになった。
 エレベータを待っている間、彼はさっきのボーイと会話をしていた。もうここに住んで長いのか、仲が良さそうに見えた。あの人種と仲が良くなる人種は、何種なのだろうかと疑問に思った。
 私は少し緊張しながら待っていた。
 深い座り心地のソファにリラックスすると、眠気が湧き出てきた。そして同時に、一体自分は何をしているのだろうという思いが膨らんできた。
 7講終わり、文化棟に行き、会い、警備員をごまかし、結局プリント忘れ、今、借りようとしている。これだけ見ると普通だけど、いかんせ会った人物が普通じゃないからな。でも普通ってなんだろう。普通だったら、あの人とご対面した瞬間に悲鳴上げたりするものなのかな。そしたら私だって普通じゃないってこと? あーもう、眠いや。

 

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【2008/05/22 01:08】 | 小説『after six』
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