1/21 after six[13] 更新!!
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 とりあえず彼を見ているのが痛々しかったので、ハンカチを冷水で塗らしたものを彼に渡した。彼はハンカチが汚れてしまうのではないかというそぶりを見せて、少し戸惑ったが、一度左目をハンカチで覆うとずっとそのままだった。

 さて本当に困ったものだ。そろそろ本当に帰りたい。いくら明日のテストが持ち込み可だとしても、こんなトコロで暢気にしてはいられない。テーブルに肩肘ついてため息ををつくと、彼は急に立ち上がり、窓を開けて見下ろした。そしてにんまりと振り返る。

「あったよ、服」
 その姿で満面の笑みってやめてくれない? っていうのは心の声。私も窓辺に行くがある程度距離をとる。心のディスタンスってやつ。
「下に落とされただけか。良かったね。あって」
「ああ。じゃあとってくる」
 そう言って、彼は窓から身を乗り出そうとした。急いで止める。
「バカじゃないの? なにやってるの! 君みたいな格好の男が窓から身体だしてる姿を誰かに見られたらそれでこそ変態になっちゃうよ。しかも危ないからやめたほうがいいと思うの。だから私が取ってくるよ」
「え? 危なくないか?」
「誰がこっから降りるって言ったの。普通に外から回ってくよ」

 私はそう言ってドアまで歩く。セコムが鳴るかもしれないけど(とは思いつつセコムがどんな反応をするのか、知らない)、どっちにしろ、ここからじゃなきゃ出られない。まぁ仕方ないかと自答して退室する前に振り向いた。
「窓。ちゃんと閉めてね。虫入ってくると厄介だから」
 お気をつけてと、彼。私は変態を匿って一体何をしているのだろう。

 さっきまではとても恐かった通路だったけれど、それ以上のハプニングのおかげで、進む事ができた。振り向く事は、しなかったけれど。


 ***************


 その後、どうなったかっていうと。
 私、警備の人とバッタリ遭遇してしまって。

 私が一階に降りてホールに出たときにね、大学校舎で部室の鍵が一つ足りない事に気がついた警備員が、文化棟に戻ってきてたの。それで鉢合わせたのだ。駆け足でこっちに来るから本気で逃げたくなったけど、そしたら私まで変態みたいでしょ。だから正直に話したの。
 でも二階の部室にいるあの男の事をなんて説明したらいいのか全然わからなくって。二階の窓から荷物落としちゃったんで(うそじゃないでしょ)拾ってからちゃんと出て行きます。と、言って待っててもらったんだ。そして一階の窓の鍵を開けてから文化棟を一度出た私は、茂みを回りこんで(虫がいっぱいいた!)彼のものと思われる服を確保。幸いなことに、地面の泥はついていなかった。それを何回も掃ってから、ベルトの金具が床に直接落ちないようにTシャツで包み、窓から内側へそっと投げた。すぐさま校舎に入り、自分の携帯を警備の人に見せて、ありましたー。ありがとうございます。とお礼を言い、投げ入れた服を回収。すぐさま二階へダッシュしたのだ。

 待っていた彼に衣服を押し付けて、今更だけど背を向けた。彼がお礼を口にする声が耳に届き、続いて衣類のすれる音がした。はぁ。私は一体、と思いながら鞄を引き寄せる。服を着て、まともな人間になった彼と早足で文化棟を出た。待っていてもらった警備員に再度お礼を言って鍵を渡した。男と二人で階段を降りてきた私を見て、少なからず驚いていた。そのときの警備員の顔つきがやたら憎たらしく見えた。彼が服を着る前に見つかっていたら、翌日変なニュースになっていたかもしれない。本当に。

 駆け足で大学敷地内を抜けた。夜。深くとっぷりとしていた。緊張から解放された鼓動がうねりながらリプレイをしている。そのリズムが身体から薄れていくとき、ようやく大きく息を吸うことができるようになっていると、気付いた。

 立ち並ぶ街灯には蛾が集まっていて、パチパチと羽音がした。なるべくガードレールに沿って歩いた。生ぬるい風がゆったり吹いている。ウチワが欲しいなって、思った。家に帰ってアイスティーが飲みたい。レモンを入れて、飲みたい。

 坂道を下ったところでハっとした。プリントを鞄に入れていないことに気付いて立ち止まった。

「どうかした?」
 そしてまだこの人と一緒に居た事も思い出した。首だけひねって後ろを見る。
「プリント。ロッカーから持ってくるの、忘れた」
「え?」
「君が入っていたロッカーを私が使ってて、そこに明日のテストで使うプリントが」
「木曜で、明日テスト?」
「そう」

 テスト期間はまだ二週間くらい先だけど、前期の授業の最終日にテストを実施するものもある。明日はその類のテストだ。さすがにいまさら大学には戻れない。文化棟が開くのは朝の九時。間に合わない。ここは事前に準備をしなかった自分の行いの悪さを呪って諦めようかと思っていた時だ。
「もしかして倫理学?」
 あ、もしかして。
「そうそれ。ソクラテスがでてくるやつ」
 もしかして……?
「それ、僕も受けてる。貸す? ロッカーから出してくれたお礼」
 
 え? 嬉しい。ロッカーから出ようとしなかったヒトの理由にはならないけど、ありがたい。私、すごい顔していたと思う。歯に、海苔とかついていたらオシマイだなって思う。
「あの授業うけてたの? 全然わからなかった。ぜひ、貸してください」
「回答のカンペもある」 Vサイン。
「たのもー」
「うん。お世話になったしね」
「……アリガト」
「駅までいっていい?」
「うん。私もそっち」
「わかった」

 そう言って、彼は歩き出した。駅ビルに近い場所に住んでいるらしい。なんだか今まで傍若無人な態度でいた自分が恥ずかしくなった。やさしい女性になる。これだね。今年の目標。私も付いて歩く。なんだか変な感じ。正面から車が走ってきて、ヘッドライトが眩しかった。


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【2008/05/18 15:00】 | 小説『after six』
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