1/21 after six[13] 更新!!
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


 テレパシーが伝わったのか、彼の視線が伏せられた。

 落ちた携帯電話を見たようだ。左目まわりに痣ができていた。
アイシャドウを塗ったみたいだった。それは蟻地獄のような目だった。コッチを見ているんだけど、視点がおかしいっていうのかな。そこにくっついている筈の二つの目玉が彼の顔から一瞬抉ったように消えうせ、眼窩の真っ暗闇がコチラを見ていたという感じだった。見ていた、というよりは写されていたと言った方がいいかもしれない。
 すさまじい引力がそこにはあったのだ。見えない力、まさにダークマターだ。……なんて冷静になって分析してたもんだ、このときは。

 硬直していた私をよそに、命が吹き込まれたブリキ人形のように彼は動き出した。
 まず折りたたまっていた足を右だけ伸ばし(裸足だ)、そこから両手をロッカーの淵に掛けて身を乗り出す動きをした。私は後ずさりをしながらそれを見ていた。何かが生まれたみたいだった。ロッカーが軋んだ音がした。
 それから、ようやく身体の全てどこも忘れることなく這い出した彼は、とりあえず膝をついた形で一度止まり、呼吸をした。
 俯いて息を吐き出した。フーーーっと音がした。よく見ると痣は身体にもあった。模様のようになっているのだルメシアン。
 私は映画でも見ているような感覚になって、私と彼のあいだに、存在しないはずのテレビの枠を探していた。ドラマでも映画でもない。

 普通の日常がどこかでレールを間違えそうになっただけのことだと脳に叩き込むまでに時間がかかった。このまま突っ立っていたら、私の存在が消えそうな勢いだった。声の出し方を忘れかけた喉とが、震えた。

「なにしてんの?」
 ひねりもなにもない、ストレートな質問だった。これが良いのか悪いのか、言葉がちゃんと通じるのかも不安になる光景だった。パンツ一丁の彼に何かを被せたかったが、今は夏。見回してみても、毛布やブランケットの類は誰も持ち込んでいない。
「閉じ込められていたんだ」
「え?」

 唐突に発せられた彼の声を耳にし、身体が跳ねた。空気に潜む電波が声帯を持っていたなら、こういう中低音で喋るだろうと思った。携帯電話を拾い、立ち上がって椅子に座ろうとしたが、その前に私を見た。
「いいよ。座って。ドゾ、あ。アリガト」
 彼は机の上に携帯電話を置いて少し笑った。コイツがパンツ一枚じゃなかったら、ときめいていたかもしれない。キリシタンな玉山鉄二。うーん。
 冷静になれば、ロッカーの中に居ても居なくても異質な光景だ。今、突然ここに人が来たら、そいつはなんて思うだろう。

「閉じ込められてたって? でもあの、あなたが居たのは私が使っているロッカーなんだよね。ここの部室にも今日だって誰か来てるはずだし」
「ああ。今日、部員さんかな。来てたよ。星の話をしていたね」
「どうして合図しなかったの? だしてって」
「星の話を聞いてるのが、おもしろかったんだ」

 正直、は? って思った。コイツは馬鹿なんじゃないかって。生粋の馬鹿なんじゃないかって思った。でもね、その時に私の脳裏をよぎった言葉があった。”馬鹿と転載は紙一重”ってね。コイツはそれかもしれないって、真剣に思えちゃったね。私もとりあえず、テーブルを挟んだ向かいに座った。
「冗談。眠っていたみたい」
「(冗談になってねー)じゃあ、朝からここに居たってこと?」
「……あぁ、そうだよ」
 次に口を開こうとしたとき、彼のほうからキョルンと音が聞こえた。そりゃー。
「そりゃー、お腹減るよねぇ」 笑う。
 安心したのか、彼の警戒心がゆるまったように見えた。
「もうぺこぺこだよ」
「じゃぁもう帰ろうよ。てか、服は?」
「ないよ」
「ん?」
「捨てられたみたい」
「帰れないじゃない」
「そう。だからもし起きていても、合図できないよ。みんなびっくりするだろ」
「そりゃあねぇ、ロッカーからアンタみたいなの出てきたらねぇ」
  あ、初対面の人にアンタっていっちゃった。でも気にしてないみたい。

「服は、……脱がされたわけ?」
「そう」
「誰に」
「男だったな」
「うわ」
「?」
「なんか、やっぱ変態なんじゃないのアンタたち」
「違うよ、きっと後ろ頭がムカツクからとかいう単純な理由で、昨日の夜たまたまここに連れ込まれて脱がされて押し込まれたってだけだよ」
「そんな理由で、こんなことされちゃたまったもんじゃないっての。ねぇ、友達に電話してココに来てもらったらいいんじゃないの?」
「トモダチ」
 彼のその表情は、友達の名前を思い出そうとしているようには見えなかった。その単語の意味を理解しようと、脳全体の情報機関をフル稼働しているみたいな顔だった。その計算処理が終わる前に、言った。
「アンタ友達いないでしょ」
 彼はお手上げです、という素振りをしてみせた。そういえば荷物も持って居ないのだ。服のポケットに財布や携帯(持ってなさそうだけど)が入っているなら、やはり彼は此処では誰とも連絡が取れないということになる。


スポンサーサイト

【2008/05/14 01:35】 | 小説『after six』
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。