1/21 after six[13] 更新!!
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 伊野田皐月は見学生たちの最後尾に位置をとっていた。片手で「こちらです」というふうに誘導していた自分が、ホテルマンのようだった。女子学生の三人組が彼を一瞥して小走りで集団に付いていった。スカートが必要以上に短いのは誰のためなのだろうかと疑問に思う伊野田である。学生達は長くて広い、回廊を一直線に進んでいく。

 私語と靴音を注意された学生たちだが、高揚感は抑えきれないのか、ひそひそ声が聞こえる。艶やかな装飾品や絵画に手を伸ばそうとする学生がいたが、我に帰ったのか触れずに終わった。もう少しで注意をしなければならなかった。
 光沢のある大理石の上に自分の姿が映る。彼は腕時計に視線を落とした。
 あと15分ほどで始まる。
 それまでに学生たちを3階ホールまで移動させて、臨場感を出すために照明を落とす。その単純な手順を頭の中でリピートさせてから、通路の奥、照明スイッチ、シャンデリアの形、クリスタルの響き、バルコニーの模様、夕焼け空、表情豊かな絵画、せまりくる予定されたパフォーマンス……そのすべてを「自分が見ている」イメージを脳内に這わせた。
 これは伊野田のクセであって、行わないとすっきりしないのだ。朝のコーヒーと同じ、なくてはならない作業なのだ。一連の作業をおえてから振り返り、先ほどまで案内をしていた洞窟の部屋の扉を閉めようとしたのが……。

 そこにはまだ一人、学生が残っていた。よほど感激したのか知らないが、両膝をついて鍾乳洞を見上げ……いや下を向いていた。頭を少しフラフラさせているから立ちくらみでも起こしたのだろうか。 伊野田は扉の奥に突如広がる洞窟へ戻った。洞窟と言っても、真っ暗なわけではなく、ブルーやグリーンのスポットライトを当てて、幻想的な雰囲気を演出している。小さな滝が流れる音と飛沫がマイナスイオンを発しているようで、見学者は長時間ここに居たがる。しかし小銭を投げるのはやめてほしいと思う伊野田である。

 硬質な場所から一瞬で非現実的空間へと入り込む違和感を彼は感じる。この空間を切り取って、1日レンタルしたいくらいだ。とたんに涼しくなる。
 贅沢な室内から、扉一枚挟んで存在するこの洞窟は、自然のもので、これに合わせて建築されたと、さっきの学生たちに説明したのだが他の学生たちも薄情なものだ。そこにいる人物は、男だということはすぐにわかった。足下にプリント類を散乱させて、いま、立ち上がろうとしていた。こちらの足音が聞こえたのか、膝に手をあて、体を支えながら振り向こうとしている。あと5歩というところで目が会う。
彼の目は寝起きのようにトロンとして、まさに今起きました、の状態だった。着ているものも同じ制服ではなく、グレィのポロシャツとジーンズで、この場所には似つかわしくない格好だった。ここは、200年前に、当時の街の象徴として建造されたサーゲイト城。城と言っても、ファンタジーに登場するような背の高い、お決まりの城ではない。山の斜面を平たく切り出した広大な敷地内に造られた、豪華な横長の3階建ての城で、今日のように一般公開もされている。
 住んでいる人物は今はおらず管理人がいるだけ。城っぽいところといえば、山の上にあるため眺めがいいことと、オブジェと装品の豪華さだ。それであっても城内はラフな出で立ちで来る場所ではない。よく見ると、スニーカーすら履いていない。はじめから(開城まえから)ここに居たのかもしれないと思ってしまった。よくもまぁ、管理人と守衛が許したな、と考えながら声を掛けた。

「どうされましたか」
 すると彼は瞳を大きく見開いた。まるで夢から覚めた瞬間のような顔だと伊野田は思った。低血圧にも程がある。何も話さずにキョロキョロしている。目を見開いたまま、ゴキブリは? と小さな声を発するので、思わず、は? と声をあげてしまった伊野田は慌てて口をつぐんだ。仕事中はきちんとしなければ。少年は続ける。
「地下室にゴキブリ」
「それが居たんですか? ここに?」
「地下室に!」
「ここは洞窟の部屋ですよ。それよりも早くみなさんの列に戻って頂かないと」
 伊野田が少年に促したとき、無線が入った。少年の眉間にしわを寄せながら、何かを言おうとしてとどまったまった。
『伊野田さん、もうすぐ予定時刻です』
 電波と一緒に、いつものテンションを抑えた同僚の声がする。最近慣れた。耳にはめたイヤフォンを押さえながら、左胸ポケットに入っている小型無線機を取り出して応答する。
『本城さん、はぐれた学生さんを誘導していきます。少し遅れそうなのでそちらで開始をお願いします』

 小声で早口に用件を済ます。通信相手の本城は疑問符を浮かべた後、了解とだけ返事を返し無線を切った。さてまずスリッパでも用意しなければと思った時に照明がシアターのようにほんのりと落とされた。城内の明かりは夕焼けの光とオレンジ色のランプだけであるが、ほぼ暗い。なにかのアトラクションを彷彿させる明暗である。少年は、散乱していた書物を広い集め、暗がりの中、いまだに辺りを見まわしていた。
 ここはどこなんだと、叫んだつもりが、まるで声にならなかったユキル少年が居るのは、(高校生は果たして少年と呼んで良いものなのだろうか)自らが造り出した城だということに、本人は気がつけていないでいる。
 高音のエンジン音が聞こえて来て、ユキルは顔を上げた。すると目の前の男性が、すぐさま接客スマイルを取り戻すのが分かった。光沢あるネームプレートには伊野田の文字が刻まれている。彼はスリッパを用意するからここで待っててくれと、ユキルに言って、早足で部屋を去っていった。呆然としたままのユキルは、手元にある書類に視線を落とす。暗くてよく見えないので、一旦部屋を出て、左右を見渡し、唇を噛みながら、見つけたバルコニーに向かった。大理石の床は思った以上に冷たく、歩く度に頭蓋が覚める気がするが、これが夢なのかどうなのかもわからないユキルであった。似たような夢を見た事があった気がするが、起きた途端に半分以上を忘れてしまうのが夢である。

 エンジン音はだんだん近づいてきて、バルコニーに出た途端、ジェット機が3機、ハイスピードで前方を横切って行った。空気を裂く音が耳についた。彼は驚いて、身を乗り出したけれど、もう反対側に飛んで行ってしまったみたいで、姿は見えなかった。そこから見える景色は雄大なもので、広大な森林が広がっていた。その手前に、巨大なゲートがそびえ立ち、敷地内には噴水が設置されている。ジェット機のせいなのかはわからないが、人は誰もいなかった。夕日の光を頼りに、彼は書物に目を通してみた。遠くから、歓声が聞こえた。

 
城の入り口付近に設置された管理人室からスリッパ一足を持ち出し、だれも居なかったので駆け足で洞窟の部屋へと戻る伊野田に、また無線連絡が入った。
『こちら本城ー本城ー、あー、伊野田? 今どこにいるんだ? もう始まってるぞ』
『わかってる。今、もうすぐ学生ひとり連れてっから』
 無線の奥から、学生達の歓喜の声が聞こえてくる。破裂音が一度起こり、ノイズが走った。
『あー、そのことなんだが、ホールにいる学生さんな、全員いるぞ。全員誰も欠けてない』
『え? 洞窟の部屋に、一人いたぞ』
『どこかの家族の連れじゃないのか?』
『案内していたときは学生しかいなかったぞ』
 言いながら駆け足で回廊を進み、洞窟の部屋前に到着した伊野田は、その部屋ではなくバルコニーに少年の姿を見つけた。こちらに背を向けて外を見ている。後で連絡する、と言って無線を切った彼はネクタイを直しながら少年に話しかけようとした。しかし少年は影を伸ばしたまま、動かない。近づくと、声が聞こえてくる。彼が何かをつぶやいている。伊野田は怪訝な面持ちで近づく。

『しなければならない……振り返るとそこに魔術師がいる。きみを助けてくれる魔術師の一人である』

 そう言いながら少年は振り返ったので、伊野田はぎょっとした。まるでこの世の終わりを見てきたかのような顔をしている。こちらを見ながら、少年は続ける。

『キミがこの場から世界に戻るには、私の書いたこの文章を最後まで読む必要がある。いままでは夢だったかもしれないが、これは夢じゃ……』

「待て!!」
 その先を読まれる前に、伊野田は強く静止した。少年はビクリと身体を一瞬震わせ、こちらを見据えた。急いで少年のもとへ駆け寄ると、警戒心をあらわにしたユキル少年は、後ずさりして背中を柵に預けた。そんな小さな抵抗などは、あさっての方向に飛ばしつつ少年が持っている書物に手を伸ばして覗き見た。そこに書かれてあるものは、文字とは言えないほど乱れきった文字列や図形で、伊野田には読めない代わりに、ユキルには分からないことが彼には理解ができた。うわっと小さな悲鳴を上げた途端に、ユキルの怯えた目が彼を捉える。
「この文字が、わかるのか?」
「わかるも何も、この世界で使われていた言葉だよ。いまは誰も書けないし、読める人も居ないはずだった。君以外はね」
「俺、いや、僕だって、書けはしない。ただ読めるだけ」
 伊野田は両手で頭を抱えながら、先ほどまでユキルが読んだ項目を確認した。彼には読めないので、再度読んでもらう。ユキルは、しばらく伊野田をじっと見つめていたが、ためらいながらも、口にした。

『きみはたどり着いたこの場所で、全うしなければならない……振り返るとそこに魔術師がいる。きみを助けてくれる魔術師の一人である』
 そう言って、再度ユキルは伊野田を視界に納めた。何かを確認するかのように、じっと見つめている。自分と最低でも4つは年が離れているだろう少年の顔をこちらも見て、伊野田は苦笑いをした。
「魔術師?」
 そう問いかけられて、うなずく伊野田。あまりにすんなり認められて、ユキルはネジがゆるんだマシンのように、真顔で笑い出した。
「何いってんの? 魔術師? 全うしろ? ちょっと、ドッキリカメラとかあんでしょー? どこの局? もう十分騙されましたから、出てきてくださいよー」
 壊れかけたユキルの背後に再度、ジェット機が姿を現した。ここから見ると遠近感で小豆ほどの大きさに見える2機が、曲線を描いて回り込んでいる。みるみるうちに、こちらに近づいてくるのがわかった。伊野田はわめくユキルをよそに、疑問に思った。
(変だな、航空ショーは反対側でやってるはずなのに、なんでこっち側にも来てるんだ?)
 そう思うや否や、突如、航空機が4機になったように見えたが、違う。ユキルは口を半分閉ざし、一言つぶやいた。
「いま、撃ちませんでした?」
「撃ったな」
「大丈夫なんですか? こっちに来ますよ? これもドッキリ?」
「いや、航空ショーだ」
「弾、曲がりませんよ」

 変な落ち着きを取り戻したユキルに関心しつつも、このままでは直撃は免れない位置に、彼らはいる。いくら発煙式のペイント弾だとしても、当たればどこかしら破損するだろう。弾が途中で上空に向かうものだと思っていたが、それもない。やれやれ、と思いながら伊野田はユキルに告げる。
「そこに書いてある、魔術師ってやつを見せてやる」

 そう言って伊野田は、まっすぐにバルコニーから広がる景色を見つめた。そこにあるのは、上空にある遠くのジェット機、見下ろすと正面ゲート、狂いの無い柱の列、噴水、敷地を囲む広葉樹の木々、外へと広がる森があり、最後に飛びこんでくる弾丸を見据える。あと何秒かで到達。伊野田はポイントを定める。
 まずはジェット機の一つとこちら側のゲートをラインで繋ぎ、直線を作る。ゲートと広葉樹林の木々を結び、横のラインを頭の中に描く。木々のラインを、もう一つのジェット機と結び、最後に、遠くのジェット機同士をラインで結べば、彼の脳内には、2次元の四角い平面ができあがる。弾丸はその平面内に入っている。さらにその平面を垂直に、敷地から目測で10メートル上まで降ろすと、3次元の立方体が浮かび上がる。伊野田は口元を少し吊り上げた。
 ユキルにとっては、伊野田が「ただ見ているだけ」の状態にしか見えなかったのだが、声をかけようとしたとき、彼は声をあげた。空に、突如、透明でいびつな立方体が浮かび上がっているのだ。弾丸はいまも、その中をこちらに向かって飛んでいる。伊野田は、ヨシ、とつぶやいて瞳を閉じ、数秒待っている。何を待っているのかユキルには分からなかったが、再度見上げると、弾丸は、もう少しで立方体を突き出そうなところまできている。はやる気持ちを抑えて伊野田に視線を送ると、彼はいつのまにか瞼を持ち上げ、その瞳を立方体に向けている。そして、右手を上げた瞬間。

 向かってくる弾丸が、向きは変えずに上空に跳ね上がったのだ。いや、違う。立方体自体が空を切り取り、浮上したのである。続けて伊野田は、何かを押し出すように、勢い良く、右手を前方に突き出した。すると、浮上した立方体がそれにあわせて、遠方に飛ばされていくのである。それはジェット機を通過し、その調度背後まで押し流されたあと、四散した。切り取られた空と、移動させた部分の空がそっくりそのまま入れ変わっており、雲の形が、ズレて変わっている
 弾丸は、さきほどと変わらず直線で、こちら側に向かっている。ユキルがあっ、と思った頃には、そのペイント弾は、自ら発射されたジェット機に標的を変えて、飛び込んでいったのだ。

 伊野田が得意げな顔でユキルを見ると、彼は唖然としたまま、口を開けていた。だが次の瞬間、夕日とは別の光が、わずかにこちらまで差し込んだ。もう一度空を見ると、驚いた事に、ジェット機が爆発炎上しているのである。
「あれ?」
 とぼけた声をあげる伊野田にすかさずユキルが口を開いた。
「実弾じゃないですか!」
「おかしいな、予定ではこんなはずじゃかなったのに」
 ユキルはその場にうずくまる。なんだかとてもやっかいなことに巻き込まれたのではないかと、いや、もう随分昔から、やっかいなことに首を突っ込んでいたのではないかと思いながらため息を付いた。粉々になって森へと四散するジェット機を横目に、魔術師を見せてくれた伊野田を一瞥したが、どこにでもいる普通の青年にしか見えず、無線を口に当てながら誰かと連絡を取り合っている。どこか緊迫している雰囲気である。ユキルは目を閉じた。

『夢じゃ、ない』
 ユキルがそう口にした瞬間、彼の思考は一気にクリアになり、途端に目が覚めた。これまで持っていた夢や現実という言葉の定義が剥離して、分解してゆく。
 そしてこの場所この世界が、たったいま、ユキルの現実になった。


---------------------------------------------------------------------


 続き書けるかな、と思って、ケータイでポチポチ打っていたら2000文字近くできたので、PCで直しつつの更新です。

 今回は、TOKINOイチオシキャラクタである、伊野田さんが登場しました。と、いうより、登場させました。どうしても魔術を使う描写を書いてみたかったので、不意に長くなりました。
 伊野田さんは、本当に大好きなキャラで、この記事内では、ユキルくんを完全に追いやってしまってます。大丈夫か主人公。しゃきっとしなさい。

  また、勢いなどで、この小説の続きがあと2本くらい書けたら、連載はじめても大丈夫かな、続けられるかな、と思いました。
 ちなみに、サーゲイト城とかいってますが、これってFF5のお城じゃなかったかしら。
 勢いあまって書いちゃいましたが、本公開時には別の名前に直して公開しようと思います。
 どんな名前がいいかな。お城。


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 ここはどこなんだと、叫んだつもりが、まるで声にならなかったユキル少年が居るのは、(高校生は果たして少年と呼んで良いものなのだろうか)自らが造り出した城だということに、本人は気がつけていないでいる。
 高音のエンジン音が聞こえて来て、ユキルは顔を上げた。すると目の前の男性が、すぐさま接客スマイルを取り戻すのが分かった。光沢あるネームプレートには伊野田の文字が刻まれている。彼はスリッパを用意するからここで待っててくれと、ユキルに言って、早足で部屋を去っていった。呆然としたままのユキルは、手元にある書類に視線を落とす。暗くてよく見えないので、一旦部屋を出て、左右を見渡し、唇を噛みながら、見つけたバルコニーに向かった。大理石の床は思った以上に冷たく、歩く度に頭蓋が覚める気がするが、これが夢なのかどうなのかもわからないユキルであった。似たような夢を見た事があった気がするが、起きた途端に半分以上を忘れてしまうのが夢である。

 エンジン音はだんだん近づいてきて、バルコニーに出た途端、ジェット機が3機、ハイスピードで前方を横切って行った。空気を裂く音が耳についた。彼は驚いて、身を乗り出したけれど、もう反対側に飛んで行ってしまったみたいで、姿は見えなかった。そこから見える景色は雄大なもので、広大な森林が広がっていた。その手前に、巨大なゲートがそびえ立ち、敷地内には噴水が設置されている。ジェット機のせいなのかはわからないが、人は誰もいなかった。夕日の光を頼りに、彼は書物に目を通してみた。遠くから、歓声が聞こえた。

 
城の入り口付近に設置された管理人室からスリッパ一足を持ち出し、だれも居なかったので駆け足で洞窟の部屋へと戻る伊野田に、また無線連絡が入った。
『こちら本城ー本城ー、あー、伊野田? 今どこにいるんだ? もう始まってるぞ』
『わかってる。今、もうすぐ学生ひとり連れてっから』
 無線の奥から、学生達の歓喜の声が聞こえてくる。破裂音が一度起こり、ノイズが走った。
『あー、そのことなんだが、ホールにいる学生さんな、全員いるぞ。全員誰も欠けてない』
『え? 洞窟の部屋に、一人いたぞ』
『どこかの家族の連れじゃないのか?』
『案内していたときは学生しかいなかったぞ』
 言いながら駆け足で回廊を進み、洞窟の部屋前に到着した伊野田は、その部屋ではなくバルコニーに少年の姿を見つけた。こちらに背を向けて外を見ている。後で連絡する、と言って無線を切った彼はネクタイを直しながら少年に話しかけようとした。しかし少年は影を伸ばしたまま、動かない。近づくと、声が聞こえてくる。彼が何かをつぶやいている。伊野田は怪訝な面持ちで近づく。

『しなければならない……振り返るとそこに魔術師がいる。きみを助けてくれる魔術師の一人である』

 そう言いながら少年は振り返ったので、伊野田はぎょっとした。まるでこの世の終わりを見てきたかのような顔をしている。こちらを見ながら、少年は続ける。

『キミがこの場から世界に戻るには、私の書いたこの文章を最後まで読む必要がある。いままでは夢だったかもしれないが、これは夢じゃ……』

「待て!!」
 その先を読まれる前に、伊野田は強く静止した。少年はビクリと身体を一瞬震わせ、こちらを見据えた。急いで少年のもとへ駆け寄ると、警戒心をあらわにしたユキル少年は、後ずさりして背中を柵に預けた。そんな小さな抵抗などは、あさっての方向に飛ばしつつ少年が持っている書物に手を伸ばして覗き見た。そこに書かれてあるものは、文字とは言えないほど乱れきった文字列や図形で、伊野田には読めない代わりに、ユキルには分からないことが彼には理解ができた。うわっと小さな悲鳴を上げた途端に、ユキルの怯えた目が彼を捉える。
「この文字が、わかるのか?」
「わかるも何も、この世界で使われていた言葉だよ。いまは誰も書けないし、読める人も居ないはずだった。君以外はね」
「俺、いや、僕だって、書けはしない。ただ読めるだけ」
 伊野田は両手で頭を抱えながら、先ほどまでユキルが読んだ項目を確認した。彼には読めないので、再度読んでもらう。ユキルは、しばらく伊野田をじっと見つめていたが、ためらいながらも、口にした。

『きみはたどり着いたこの場所で、全うしなければならない……振り返るとそこに魔術師がいる。きみを助けてくれる魔術師の一人である』
 そう言って、再度ユキルは伊野田を視界に納めた。何かを確認するかのように、じっと見つめている。自分と最低でも4つは年が離れているだろう少年の顔をこちらも見て、伊野田は苦笑いをした。
「魔術師?」
 そう問いかけられて、うなずく伊野田。あまりにすんなり認められて、ユキルはネジがゆるんだマシンのように、真顔で笑い出した。
「何いってんの? 魔術師? 全うしろ? ちょっと、ドッキリカメラとかあんでしょー? どこの局? もう十分騙されましたから、出てきてくださいよー」
 壊れかけたユキルの背後に再度、ジェット機が姿を現した。ここから見ると遠近感で小豆ほどの大きさに見える2機が、曲線を描いて回り込んでいる。みるみるうちに、こちらに近づいてくるのがわかった。伊野田はわめくユキルをよそに、疑問に思った。
(変だな、航空ショーは反対側でやってるはずなのに、なんでこっち側にも来てるんだ?)
 そう思うや否や、突如、航空機が4機になったように見えたが、違う。ユキルは口を半分閉ざし、一言つぶやいた。
「いま、撃ちませんでした?」
「撃ったな」
「大丈夫なんですか? こっちに来ますよ? これもドッキリ?」
「いや、航空ショーだ」
「弾、曲がりませんよ」

 変な落ち着きを取り戻したユキルに関心しつつも、このままでは直撃は免れない位置に、彼らはいる。いくら発煙式のペイント弾だとしても、当たればどこかしら破損するだろう。弾が途中で上空に向かうものだと思っていたが、それもない。やれやれ、と思いながら伊野田はユキルに告げる。
「そこに書いてある、魔術師ってやつを見せてやる」

 そう言って伊野田は、まっすぐにバルコニーから広がる景色を見つめた。そこにあるのは、上空にある遠くのジェット機、見下ろすと正面ゲート、狂いの無い柱の列、噴水、敷地を囲む広葉樹の木々、外へと広がる森があり、最後に飛びこんでくる弾丸を見据える。あと何秒かで到達。伊野田はポイントを定める。
 まずはジェット機の一つとこちら側のゲートをラインで繋ぎ、直線を作る。ゲートと広葉樹林の木々を結び、横のラインを頭の中に描く。木々のラインを、もう一つのジェット機と結び、最後に、遠くのジェット機同士をラインで結べば、彼の脳内には、2次元の四角い平面ができあがる。弾丸はその平面内に入っている。さらにその平面を垂直に、敷地から目測で10メートル上まで降ろすと、3次元の立方体が浮かび上がる。伊野田は口元を少し吊り上げた。
 ユキルにとっては、伊野田が「ただ見ているだけ」の状態にしか見えなかったのだが、声をかけようとしたとき、彼は声をあげた。空に、突如、透明でいびつな立方体が浮かび上がっているのだ。弾丸はいまも、その中をこちらに向かって飛んでいる。伊野田は、ヨシ、とつぶやいて瞳を閉じ、数秒待っている。何を待っているのかユキルには分からなかったが、再度見上げると、弾丸は、もう少しで立方体を突き出そうなところまできている。はやる気持ちを抑えて伊野田に視線を送ると、彼はいつのまにか瞼を持ち上げ、その瞳を立方体に向けている。そして、右手を上げた瞬間。

 向かってくる弾丸が、向きは変えずに上空に跳ね上がったのだ。いや、違う。立方体自体が空を切り取り、浮上したのである。続けて伊野田は、何かを押し出すように、勢い良く、右手を前方に突き出した。すると、浮上した立方体がそれにあわせて、遠方に飛ばされていくのである。それはジェット機を通過し、その調度背後まで押し流されたあと、四散した。切り取られた空と、移動させた部分の空がそっくりそのまま入れ変わっており、雲の形が、ズレて変わっている
 弾丸は、さきほどと変わらず直線で、こちら側に向かっている。ユキルがあっ、と思った頃には、そのペイント弾は、自ら発射されたジェット機に標的を変えて、飛び込んでいったのだ。

 伊野田が得意げな顔でユキルを見ると、彼は唖然としたまま、口を開けていた。だが次の瞬間、夕日とは別の光が、わずかにこちらまで差し込んだ。もう一度空を見ると、驚いた事に、ジェット機が爆発炎上しているのである。
「あれ?」
 とぼけた声をあげる伊野田にすかさずユキルが口を開いた。
「実弾じゃないですか!」
「おかしいな、予定ではこんなはずじゃかなったのに」
 ユキルはその場にうずくまる。なんだかとてもやっかいなことに巻き込まれたのではないかと、いや、もう随分昔から、やっかいなことに首を突っ込んでいたのではないかと思いながらため息を付いた。粉々になって森へと四散するジェット機を横目に、魔術師を見せてくれた伊野田を一瞥したが、どこにでもいる普通の青年にしか見えず、無線を口に当てながら誰かと連絡を取り合っている。どこか緊迫している雰囲気である。ユキルは目を閉じた。

『夢じゃ、ない』
 ユキルがそう口にした瞬間、彼の思考は一気にクリアになり、途端に目が覚めた。これまで持っていた夢や現実という言葉の定義が剥離して、分解してゆく。
 そしてこの場所この世界が、たったいま、ユキルの現実になった。


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 続き書けるかな、と思って、ケータイでポチポチ打っていたら2000文字近くできたので、PCで直しつつの更新です。

 今回は、TOKINOイチオシキャラクタである、伊野田さんが登場しました。と、いうより、登場させました。どうしても魔術を使う描写を書いてみたかったので、不意に長くなりました。
 伊野田さんは、本当に大好きなキャラで、この記事内では、ユキルくんを完全に追いやってしまってます。大丈夫か主人公。しゃきっとしなさい。

  また、勢いなどで、この小説の続きがあと2本くらい書けたら、連載はじめても大丈夫かな、続けられるかな、と思いました。
 ちなみに、サーゲイト城とかいってますが、これってFF5のお城じゃなかったかしら。
 勢いあまって書いちゃいましたが、本公開時には別の名前に直して公開しようと思います。
 どんな名前がいいかな。お城。


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【2008/07/25 15:54】 | 言葉『創作とは妄想だ』
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伊野田さん、いいですね
倉田やえこ
かっこいいような、味のあるような。
彼のことが気になります。
魔術のことも、あと文字のことも。
だんだんと、欠片があちこちにちりばめられていて、
早く続きが読みたくなります◎

お城の名前は、カタカナがいいと思います☆ってあたりまえかしら?;(笑)
これで『小田原城』とか来たら笑いますもんね。
でもなんかその、カタカナの外国っぽいお城に、ごく自然にいる伊野田さん、っていう、
ありえなくはないけど微妙にミスマッチ感がとても好きでした◎


やえこさんへ
TOKINO
レスおくれてすみませんっ。
伊野田さん、いかがでしたでしょうか。
もっと魅力を伝えたいTOKINOです。

お城の名前、ほんと困ってます(笑)
イメージでは、中世に建てられて現代に残っているお城なんです。
小田原城って、殿がいそうですね(笑)
そして確かにミスマッチ。
でも気に入ってくださって、ありがとうございます。

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この記事へのコメント
伊野田さん、いいですね
かっこいいような、味のあるような。
彼のことが気になります。
魔術のことも、あと文字のことも。
だんだんと、欠片があちこちにちりばめられていて、
早く続きが読みたくなります◎

お城の名前は、カタカナがいいと思います☆ってあたりまえかしら?;(笑)
これで『小田原城』とか来たら笑いますもんね。
でもなんかその、カタカナの外国っぽいお城に、ごく自然にいる伊野田さん、っていう、
ありえなくはないけど微妙にミスマッチ感がとても好きでした◎
2008/07/27(Sun) 02:42 | URL  | 倉田やえこ #4rqAp2Vk[ 編集]
やえこさんへ
レスおくれてすみませんっ。
伊野田さん、いかがでしたでしょうか。
もっと魅力を伝えたいTOKINOです。

お城の名前、ほんと困ってます(笑)
イメージでは、中世に建てられて現代に残っているお城なんです。
小田原城って、殿がいそうですね(笑)
そして確かにミスマッチ。
でも気に入ってくださって、ありがとうございます。
2008/08/10(Sun) 02:15 | URL  | TOKINO #-[ 編集]
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