1/21 after six[13] 更新!!
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 講義を終えて、わざと遅れて席を立つ。他の学生達はそそくさと席を立って廊下へと消えていく。すると意外なことに、目の前にやってきたのだ! 指導教員である片山航平が! 私は驚いて立ち上がったけれど、顔だけは平静を装った。恥ずかしいじゃない。
「レポート、進んでる?」
「えぇと、まだ1ページくらい」

 今度のゼミで、発表の順番が私に回ってきた。片山先生が選んできた題材を、学生達に順番に振り分けて発表してもらうのだ。それについて質問が飛んできたりもする。とてつもなく緊張する時間なのである。2週前のゼミで、先生はあらかじめ私にも題材を渡しておいてくれた。だからちょっとは進んでいるんだけど、正直自信がないのであります。テストを経て夏休み明け一発目の発表がわたくし、浪川絵美なのであります。

 そんな自信のなさを顔で読み取ったのか、片山先生が笑った。まるで私、学生がこんな顔をするのを知っているかのように。

「浪川さんは、足尾銅山だったっけ?」
「田中正造」
「もしね、書物に困ってるんだったら閉架図書で探してみるといいよ」
「ヘイカですか」

 そういえば、3年になってゼミが決まってすぐに、片山ゼミと、相方(片山先生の相方みたいなもんで、2大若手助教授とか呼ばれてんの)である園山ゼミが合同で集まったのを思い出した。あのときは、大学の広すぎる図書室の効率的な利用方法を学んだのだ。
 大学生になってから図書室の使い方を学ぶのって……と思ったけど、これが意外にもかなり役にたった。書物の検索の仕方から、探し方。そして少々マニアックな本が収納されている閉架図書室への向かい方。あぁ、全部卒業論文を書き上げるための練習なんだな、とその時思ったのだ。
 自分で探して、自分で必要な箇所を見つけて把握して。そういうことを教えたいのかな。

「あそこの本はね、結構役にたつんだ。ちょっと本の管理が杜撰だけれどね。行ってみたらいいよ」
「はい。じゃぁ、探してみますね」

 満面の笑みをしてみせる私、絵美。せんせ~い、アドバイス素敵。閉架図書に行けってことね。そこに関連書物があるのね。なんかあのやたら揺れるエレベータに乗って地下に下がって本を探しに行くのって、宝探しみたーい! 先生ありがとう。

 じゃね、と行った片山先生は、一度歩いていったけど、キリンのように首をピンとたてて、こちらに戻ってきた。なになに?

「そうそう、浪川さん」
「はい?」
 えー? なになになに? ちょっとドキドキ。だってもう、教室に誰もいない。二人きり? どきどき。
目の前の片山先生は、何食わぬ顔で話を再開した。再開っていうのはちょっとおかしいけど。

「高木ユーイチくんを知っているの? いや、知り合いなの?」
「へ?」

 自分から思いがけないほど素っ頓狂な声をだしてしまったので、それまで外見で澄ましていた壁がペロリと剥げかけた。化粧水をしみこませるみたいに、左頬に手を当てた。

「高木ユーイチくん、ですか?」
 高木ユーイチくん? くん付けをしていることに多少違和感を覚えたけど、ついこの間知り合ったばかりなので当たり前か。でも、高木ユーイチとは、あの高木ユーイチのことでいいのだろうか。

「そう。園山ゼミなんだ。彼は」
 いまだ一致してるかわからないその彼の姿を思い描く。
「高木くん、園山ゼミにあまり顔だしてないみたいでね。合同で図書館ツアーしたときも彼、来てなかったからさ。仲がいいのだったら、ゼミに顔出すように言ってもらっていいかな?」

「なんで? 私が」
 本当になんで私が?
「携帯とか、電話したらいいと思いますよ。園山先生が」

 すると、片山先生は、ごもっとも、というふうに息をついた。そして困った顔で言った。
「どうやら彼は、携帯電話を持っていないらしい」
「え?」

「自宅にかけてもほとんど留守。大学に来ていても、なぜか発見できない。発見できても、そう。例えば園山が5階の窓から中庭のベンチに座っている高木くんを見かけるが、そこにいっても既にいない。ということばかり春から続いている。友達と並んで歩いているところも、僕は見た事が無い。悪い学生じゃないんだけど……」
「変わってますね。確かに」

 呟くようにそう言うと、片山先生は渇いた笑いをした。
「ひょっとしたら、アインシュタインみたいな天才なのかもしれないね」
「ええ。そう思います」
 うん。なかなかエレガントな受け答え。上出来だぞ絵美。でも自宅って?
「まぁ、ここは大学だからね。ほうっておいてもいいんだろうけど。ちょっと気になるからね。もし、偶然。高木くんに会ったら、というより見つけられたら、ゼミにちょっとは顔をだしてよって、伝えてもらっていいかな」

「はい。もし見つかったら、ですけど」
 でも先生? 気付いてないんですか。
「でも先生?」
 思わず口にだす。そのまま続ける。

「テストの時に、教員の方にお願いしていればよかったのではないでしょうか」


* * * * * * * * * * * * * * 


 教室をでてから、私はさっそく図書室に向かった。今日受講するものはもう終わったし、まだサークルへ向かうにはちょっと早い。腕時計に目をやってから一度携帯を開く。チトセに返信してから、図書室のゲートを抜けて検索用PCにログオンする。学生番号とパスを打ち込んで、デスクトップのアイコンをクリック。実際に使ってみるのは初めてだったから少し不安だったけれど、自分とPCの相性は悪くないのでスムーズに利用できた。

(えぇと。キーワードは、田中正造、足尾銅山……検索範囲は、当大学内のみにチェック。これでいこう)

 心の中で自答して、出てきた書物のタイトルをチェックした。ここはあえて、所在が開架でなく『閉架』になっている書物を狙っていこう。せっかくだから閉架図書室に入っちゃおう。
 書物の番号をレシートに印字して、ログアウト。カウンタにそれを持って行った。

「へぇ~。閉架にいくのぉ。めずらしいねぇ」
 図書室のメガネをかけたスタッフは、じろじろと、レシートと私を見比べた。閉架へ行くのはそんなにめずらしいことなわけ?
 ぶつぶつと何かいいつつも、引き出しを開けて、バッジを取り出した。それには『閉架 許可証』と書かれてあった。見えるとこにつけてね。あとここに学生番号書いてね。スタッフはつまらなそうに、私に指示をだした。いんやー、めずらしいねぇ。

 バッジを右胸につけて、スタッフがいるカウンタの向こう側に進んだ。なんかやっぱ緊張する。はじめてお使いにいったときの気持ちに似てるなぁ。
 閉架図書室に行くには、カウンタ奥にあるオレンジのエレベータを使わなければいけない。さっき印字したレシートに階が書いてあったからそこに降りればいいかな。なるべく緊張を表に出さないように通路を進んでエレベータのボタンを押した。M3階から、ここ2階のに上がってきた。エレベータを待ってたら、スタッフが声をかけてきた。

「もしねぇ~、なんかわかんなくなったらねぇ~、今ねぇー、お嬢さんが行く階にもう一人行ってるから、聞いてみるのもいいよぉー」

 もう一人? いるんだ。

 小さく返事して、エレベータに乗った。相変わらず、乗り心地最低。
 

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【2009/01/17 22:44】 | 小説『after six』
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