1/21 after six[13] 更新!!
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 夜が全てを包み込み

 月のシールで封をする

 朝は 太陽のナイフで

 そのメッセージを 開く


   ………




 僕の誕生日祝いに、安藤が買ってくれた絵本の裏表紙の文だった。



 僕はいつも忘れたころに、この絵本を開く。

 例えば、部屋の模様替えをしている時、とかね。


 そういう時は大抵、作業が中断してしまう。

 ひっぱりだしてきた雑誌やら漫画やらを手にとって眺めている内に、作業を忘れてしまうのだ。


 今も、僕は模様替えを中断してしまった。

 箪笥が中途半端に斜めを向いている。整理しようと思って床に分けておいたCDや、積み上げた本は、気が付いたら崩れていた。

 僕は絵本を片手に窓際に進み、カーテンを開けた。何か踏んだ。

 ずっと遠くに、鈍く光る月が光っていた。窓を開けるととたんに冷気が入り込み、鼻の頭がキュッとなった。


 なんとなく懐かしい気持ちで、僕は眺めた。虫が入ってきた。慌てた。





 あの日。


 僕と安藤は、会う約束をしていた。寒い時期だった。マフラーを口まですっぽり巻いた。

 久しぶり、というには期間が短いし、気軽な挨拶で済むほど、会っているわけではなかったから、少しだけ気まずかった。


 待ち合わせ場所で、僕に声をかけた安藤は、髪が伸びていて、肩のラインを超えていた。前髪も目の上までに切っていたので、初めは誰だかわからなかった。僕が目をパチクリさせたみたいだから、安藤はそれを見て笑った。会ったときに話そうと思っていた内容は、とたんに溶解して、四散してしまった。


 僕たちはひとまず、カフェにでも行こうかという話をし、あのころしょっちゅう行っていたカフェに行った。

 薄暗くてソウルミュージックが流れている、大きな吹き抜けが特徴の店だった。いつも静かだったから、よく行っていた。


 オーダーしたドリンクで、乾杯をした。何に乾杯したのかはわからなかったけれど、彼女がグラスを掲げたから、流れでグラスを合わせた。複雑な気持ちになった。一口飲んでから安藤が口を開いた。


「なんか緊張するね」

「うん。よかった。僕だけじゃなくて」

「あなたも緊張するのね」

「いままでだって、してたさ」

「初めて会ったときに、似てるね」


「初めて会ったときかぁ」

 そう言いながら、高い天井に視線を這わせる。

「あなた、私の鞄から落ちた携帯電話、踏んじゃったのよね」

「そうだっけ?」僕は本当に驚いたから、彼女は少し、頬を膨らませた。そういった仕草は昔となにも変わっていない。

「そうよ。今日みたいに寒くって、夜だったの。私の鞄から電話が落ちちゃって」

「あ」

 僕は、脳の隅っこで見つけた記憶のかけらを、ひっぱりあげた。あの時、バリンという音をたてて、安藤のディスプレイが割れる音が足もとから聞えたのだ。月明かりでそれがようやく見えた。


「あれは緊張っていうより、焦ったよ」

「あなた、冷や汗だらけだったわ」

「本当にどうしようかと思って、とりあえず二人でショップに行ったんだよね」

「そうよ。私、カンカンだったわ」 そう言って笑っている。彼女は鞄から携帯を取り出して見せた。

 ウエイターがやってきて、グラスに水を注いだ。


その時に機種変更をした携帯電話だった。真っ黒の携帯から、真っ白な携帯に変えたのだ。

安藤は壊れたデータの復元ついでに僕とアドレスを交換したのだった。でも、そのあと、僕が安藤にあげた、クリーナー付きのストラップはもうついていなかった。汚れたのか。それとも。


「あのときは、私、なにをしていたんだっけ」

 安藤が首を傾げる。そのまま、頬に左手を添える。薬指が光る。僕は無意識に目をそらす。

「たしか仕事帰りで、雑貨屋に行くって」

「そうだわ。プレゼントを買いにいったの」

そう言った安藤の目が、ますます大きく見開かれた。僕が問いかけると、安藤は満面の笑みで、雑貨屋に行きたいと言い出したので、僕は了解した。次に行く場所が決まってなくて、実は困っていた。


 少ししてから、フードメニューが運ばれてきた。僕はパスタ。安藤はリゾットだった。食事中は、ほとんど無言に近かった。安藤がリゾットをふーっと冷ますのに、息を吹きかけたら、米粒がひとつ飛んだ。それを見て笑った。


 食事のあと、グラスの中身を飲み干してから、僕たちは勘定を済ませた。席を立つ際に、彼女が僕に二千円をテーブルに滑らせてさし出した。僕は、首を横に降ったけれど、安藤はさらに首を横に降ったので、今度は僕が首を縦に降った。

 ごちそうさま、と行って店を出て、歩いて駅まで向かうことにした。寒かったけれど、十分もかからないで到着する。


 安藤は明らかに寒そうにしていたけれど、僕はマフラーを貸せなかったし、手もつなげなかった。安藤はポケットの中で手を繋ぐのが好きだった。それを思い出して。僕は自分の手を、コートのポケットに入れた。安藤は鞄から手袋をだした。

「キレイだね」

「ん?」つられて僕も見上げる。

「月」

「めずらしいね。赤い」

「うん。赤い。太陽みたい」

「月は太陽の光で輝いているのに、どうしていつもの月は黄色なんだろうね」

「そういえばそうね」

 安藤は少し、考え込むそぶりをしたけれど、すぐにそれをやめて僕に別の話題をふった。少し、無理をしているかもしれない。気のせいだといいけれど。


 ビルの自動ドアを抜けると、一気に暖気が押し寄せた。僕はすぐにマフラーを取って、コートのボタンもあけた。安藤は髪を軽く手櫛でとかしてから、僕のほうへ向き直り、エスカレータへと促した。早く、というふうに僕の腕をとったから、僕はあの時、手を繋いでしまえばよかったと、後悔した。

 何フロアか見て回ったあと、五階にある雑貨屋へ向かった。


 レトロな飛行機やら、アンティーク用品やら、クッションやらメモ帳やらが、たくさん並べられてあった。大抵の男はこういうのが苦手みたいだけど、僕は嫌いじゃなかった。見ていて面白かったし、ここで良くカップやステーショナリーを揃えているからだ。会社の同僚からは、なかなか評判がいい。

 安藤は、僕をそっちのけで店内を見ていた。僕もちょうどボールペンが欲しかったので、ステーショナリーのコーナへ向かった。定規や電卓を手にとりながら安藤の姿を探すと、安藤は本のコーナを見ていた。しゃがみこんで何かを選んでいる。ペンを手に取り、そちらに向かうと、タイミングよく、安藤がこちらを振り向いた。


「これにするわ」

 そう言って僕に見せたものは、小さな絵本だった。パスポートサイズで、真ん中に子犬の絵、その上に太陽と月が描かれてあった。シンプルな絵柄だった。帯は付いていない。いい本だろうなと、僕は思った。

「買おうか?」

「だーめ」

 小さな子供が自分のおもちゃを誰にも貸さずにいるような顔だった。僕の手からボールペンも取っていき、安藤はレジに向かった。店の外で待っててね。と言って。

 とりあえず、店の入り口付近においてある雑誌に目を通して待っていた。輸入雑誌と女性誌ばかりだった。究極の恋占い、とか、結婚は30歳がベスト、とか見出しが書かれてあった。なんとなく気になって手にをろうと思ったら、満面の笑みを隠した顔で、安藤が出てきた。


「ボールペンはいくらだっけ?」

 僕の質問を無視しながら、安藤は、袋からさっきの絵本らしきものを取り出した。チェックの包装紙と赤いリボンが付いていて、それを僕に両手でさし出した。なんとなく青春時代のバレンタインを思い出した。

「ん?」

 僕が声と一緒に疑問符フラグを掲げると、彼女は疑問符を驚嘆符で返してきた。疑問符の会話にしびれをきらしたのか、安藤が声をあげた。

「もうすぐ、あなたの誕生日じゃないの」

「ああ!」

「どうして、もう、昔からイベントごとは忘れちゃうんだから」

「安藤の誕生日は忘れた事なかったじゃないか」

「1回だけ忘れたわ」

「そうだっけ?」

「忘れたことも忘れたのね」

「忘れた」

「もう」


 僕たちは笑いあった。そして僕は安藤のプレゼントを受け取った。お礼を行って、近くのベンチに座った。中身はわかっているけど、包み紙を開くのはとてもわくわくする。いくつになってもだ。どうしてだろう。僕は紙をやぶかないように、慎重にセロテープをはがしていった。ぺりぺり。ぺりぺり。べりぺり。

 安藤も中身を知っているくせに、どこか嬉しそうにそれを眺めている。

 包みを開くと、さっき僕が選んだボールペンと、安藤が選んだ絵本が出てきた。僕たちはさっそくそれを読んだ。


 主人公の子犬が、月の妖精に導かれ、冒険をするというストーリーだった。絵本に出てくる月は赤みが強い色だった。子犬は都会のビルを飛び越えて森に入った。すると、月の妖精はいなくなり、太陽の妖精が姿を現す。子犬のビックリ顔が描かれる。物語はそこで終わった。次巻に続く。


「シリーズだったのね」

「え? 知らないで買ったの?」

「最後まで読んだら、あなたが読むときに、ドキドキしないじゃない」

「つづきがあるのか」

「気になる?」

「少し」

「私、買おうかな」

「いつになるかな」そう言いながら本をひっくり返すと、詩が書かれていた。



     夜が全てを包み込み

     月のシールで封をする

     朝は 太陽のナイフで

     そのメッセージを 開く



「これ、いいよね」安藤がそう言って、僕の手から本を持っていく。安藤は詩を凝視する。安藤のぶん、僕が買おうか、と言おうとしたら、安藤は、本の巻末から何か取り出した。

「なに?」

「シールが挟まってる」

 月のシールと太陽のシールが挟まっていた。両方のシールに子犬も居た。

「コレ、かわいいなー」

「あげようか?」

「え?」ニヤリと、安藤。しかし、それはすぐにひっこめた。

「シール、あげようか」

「いいの?」

「いいよ」

「太陽がいいな」

「なんなら、両方でもいい」

 そうすると、安藤は首を横に降った。

「これだけでいいわ」

 そう言って、嬉しそうに自分のスケジュール帳にシールを挟んだ。月がモチーフの手帳だった。

「めずらしいね。月のほうが、好きだと思ってたけど」

「バランスも考え出したの」

「バランス?」

「そう。大事だと思うの。月の次は太陽。黒の次は白」

「白の次は?」

「ええと」

 安藤はこめかみに人差し指をあてて考えた。

「灰色」

「混ぜただけじゃないか」

「あなたは?」

 急に、まじめな顔で安藤が僕を見た。

「次は?」

 (なんの次だろう)

 僕が困っていると、安藤はおどけてみせた。


「そろそろ、ビル、閉まっちゃうね」

「……ああ」

「行こうか」


 僕たちは立ち上がり、アナウンスがかかったビルのエスカレータを下った。

 1階で、僕はトイレに寄らせてもらった。安藤は行かなかった。僕の荷物を預かってくれた。ビルから出ると、まもなくシャッターが下りて、上階の飲食店以外は閉店した。

 駅構内の切符売り場で僕たちはベンチに座り、電車を待った。あと20分。


「愛知って、遠いね」

 僕は半ば無意識につぶやいた。

「遠いね」

 安藤が復唱した。

「いつ、引っ越すんだっけ」

「あと4日」

 そのあとにため息が続いた。僕は続ける。

「今日、会って、安藤変わってて、びっくりしたよ」

「あなたは全然変わってなくて、びっくりしたわ」

 まるで懐かしむように、安藤は笑った。僕は安藤に荷物を預けていたことを思い出して、再度受け取った。指輪がまた、目についた。

「キレイだ」

「うん?」

「指輪」

「ありがとう」

「式には行けないけど」

「いいの。遠いし」

「富田さんの、実家?」

「そう」

「元気でやってる? 富田先輩」

「ずっと元気よ。変わらない。きっと想像の通り」

「ほんとう? きっと賑やかで楽しいだろうね」

「ええ。 ふふふ」

「何笑ってるのさ」

 口元に手をあててそんな笑い方をするなんて、安藤は明らかに上品になっていた。なんだか別の人と話ているみたいな錯覚があった。何度も名前を呼びたい衝動に駆られたけれど、それは飲み込んだ。

「あなたとヒロのピンポンダッシュのこと」

「おいおい、思い出さないでくれる? そんなの。醜態だよ。一種の。やめようよ」

「あら、あなたがヒロの話題をだしたのよ」

 僕はわざと口をつぐんだ。安藤はそんな僕をみて、にこやかに笑った。

 

 あと10分。僕はマフラーを安藤に巻いた。もともと彼女に貰ったものだった。

「大丈夫だよ。寒くないよ」

「いいから。巻いていって、風邪引いたら先輩に怒られちゃうよ、僕が」

 そんなことない、と言いながら安藤はマフラーの中に手をつっこんだ。鼻のあたまが赤くなっていて、突っつきたくなったけれど、やめておいた。


 僕たちは切符を買った。それぞれ違う方向の切符を買った。改札を通り、ホームの分岐点まで並んで歩いた。僕は胸が少しキューンとなった。そこで向き合った。


「気をつけて」

 安藤が頷いた。

「風邪、ひくなよ」

 安藤が笑った。

「TOYOTA、買えよ」

 安藤が、ハイブリッド、と答えた。

 僕が、コートの襟をたてながら手を振ると、安藤が口を開いた。

「祐樹、次は、もっといい人に会えよ」

 僕の口調を真似した、昔の言い方で言葉を残し、安藤は僕に背中を向けた。

 

 僕の手元には、昔の彼女の残像と、誕生日祝いだけが、残った。






 僕は家に帰ってから、絵本とボールペンをもう一度、取り出して眺めた。

 すると、開封した覚えもないのに、ペンのシールが取れていた。

 おかしいな、と思って、キャップをあける。さして問題はない。

 とりあえず、絵本をぱらぱらめくり、それから本棚にしまおうとした時だった。

 背表紙の詩が、目に飛び込んできた。



   夜が全てを包み込み

   月のシールで封をする

   朝は 太陽のナイフで

   そのメッセージを 開く


      

             ありがとう



 僕は眩暈にも似た虚無感を覚えた。いや、違う。脱力した。

 あのとき、そうだ。安藤が付け足したのだ。

 ずるいよ。

 僕だって、もっと言いたかったよ。ありがとうって言いたかったよ。

 どうして言えなかったんだよ。

 ずるいよ。


 

 僕は、なんとなく、夜空を見上げた。先ほどより高い位置にある月を見つけた。最後の言葉を心の中で僕は何度も唱えた。そして僕は絵本と、迷ったけれどボールペンを、机の鍵つきの引き出しに閉まった。

 子供の頃、鍵つきの引き出しは宝箱だった。

 大事なものはすぐに、引き出しにしまい、鍵をかけた。

 そして鍵をなくし、忘れたころに姿を現す鍵を使って、引き出しを開けた。

 それを何度も繰り返していた。


 安藤との思い出も、鍵をしまって閉じ込めておこう。鍵をなくしたとしても、忘れたころに、きっと姿を現す。

 そう考えて、僕は絵本とボールペンを引き出しにしまった。直前に月のシールを1枚はがし、絵本の背表紙を表に向けて鍵をかけた。その鍵穴にシールを貼って蓋をした。


 それから4日がたち、安藤は愛知県に引っ越した。

 その数ヵ月後、安藤から届いたハガキの返信に、月のシールを貼り、絵本の続編が発刊されたことを知らせた。



 僕たちはそれから連絡をとっていない。

 何枚目かの月のシールが剥がれ、また鍵がでてきた頃に、僕はこんなふうに絵本に目を通す。

 でも、彼女がどんな気持ちで書いたメッセージなのかは、もう、考えることができないでいる。


 




 おわり




 


 あとがき


 勢いとノリで書く、テーマ『創作とは妄想だ』の第一弾、『月は最良のコンダクタ』いかがでしたでしょうか。。

 本当に即興で書いたので、矛盾はあるは、内容はスカスカだわで、なんともいえないショートストーリーですが、そんなテーマでやってるので、その点は、大目にみてください。優しい読者の皆様。


 あくまでも、いい意味で適当にやっていくテーマなんで、気楽に読んでくださればTOKINOは大変嬉しいです。
 過去に自分で没にした、小説とか設定を広げて、プロトタイプ的な感じでやっていこうかな、とか思ってます。

余談だけどブログメンテと時間がかぶって、ヒヤヒヤしました。


 では。



 

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【2008/06/09 22:10】 | 言葉『創作とは妄想だ』
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